360° TEA CEREMONY

360°動画で行く
はじめての茶会

ここは、京都御苑の西側に位置する「有斐斎弘道館」(ゆうひさいこうどうかん)。江戸時代中期の儒学者・皆川淇園が創設した学問所跡に残る、数寄屋建築の文化サロンです。どうやら、今日は3人のお客様が茶会に参加されるようです。360°動画を見ながら、弘道館館長の濱崎さんと一緒に、はじめての茶会に参加してみましょう。

聞き手

館長さん、お客様がいらっしゃいました。着物を着慣れない場合は、洋服で参加しても失礼にならないでしょうか。

館長

今日は気軽なお茶会なので、気軽な格好でよいと思います。女性は、座った時に膝が出ない長さのスカート、あまり身体を締めつけない格好がいいですね。アクセサリー類、とくに指輪は、茶碗を傷つけてしまうかもしれないので外しておきましょう。靴下は、どんな色でもいいですが、履いていてもらえるとうれしいです。

聞き手

受付がありますね。準備しておくことはありますか。

館長

名前を書いたり、参加費を払ったりします。ペンではなく、墨と筆が用意されていることもあります。大きな荷物やコートなどはここで預かってもらっておくといいですね。

聞き手

逆に、ここから先に持ち込む物は何でしょう。

館長

扇子と懐紙ですね。まったく初めての茶会であれば、何もなくてもいいと思います

聞き手

部屋に入ります。ここが茶室ですか。

館長

いえ、まず待合(まちあい)に入ります。先にいらっしゃるおふたりは、これからの時間をご一緒する方々ということになります。床の間に掛軸があり、亭主が今日の茶会のテーマを想像させるものをしつらえています。

聞き手

着物の方がいらっしゃいますが、この方がお茶を点ててくださるのでしょうか。

館長

待合には、お客さんだけです。1人目に座られる方を『正客(しょうきゃく)』と呼びます。ここに経験豊富な方が座ってくださると、安心ですね。

聞き手

みなさん、庭に出られました。

館長

露地草履(ろじぞうり)を履いて、茶室に向かいます。足の感覚を日常から非日常にリセットしていく効果があるのかな、と思います。

聞き手

足袋じゃないと、ちょっと歩きづらそうですね。

館長

靴下の場合は、初めに指の部分をギュッとしっかり履き込んでおくと安心ですね。ぜひ露地の風情を楽しんでいただきたいのですが、ここでは前の方についていくというのが大事なので、あまり間隔をあけずに歩いてください。案内してくれる人はいませんが、水が打たれていたら入ってもよい、止め石のあるところは入ってはダメ、といった暗黙のルールがあります。

聞き手

ベンチのようなところに到着しました。

館長

庭の中にある待合腰掛けです。心のチリを落として、ゆったり心を鎮め、庭の風情を感じる場所。必ず煙草盆が置かれているのですが、これは、どうぞリラックスしてください、という合図です。こうして、ひとつひとつ結界を超えながら、非日常に入っていきます。自分の気持ちや感覚が少しずつ変わっていくのを楽しんでください。

聞き手

初心者にとっての難関ポイント「蹲(つくばい)」です。

館長

日本文化では “清める” ということがとても大切にされます。神社の手水鉢と同じように、柄杓(ひしゃく)で左手、右手を清め、口をすすぎ、最後に自分が使った柄杓の柄を水で清めて次の方に渡します。柄杓の位置は、元あったとおりに戻すことが大切なので、最初のカタチを覚えておきましょう。

聞き手

現代の生活では「つくばう」姿勢になる機会がめっきり減ってしまったので、バランスを崩して転ばないように気をつけたいです。

館長

そうですね。気をつけて、慌てずゆっくりと、全身を洗っているような気持ちで行ってください。

聞き手

再び、屋内に戻ります。

館長

草履の扱いなど、わからないことがあっても、前の方と同じようにするということを心がけてください。あとは、自分でこれがキレイだな、美しいな、と思うように判断すればいいと思います。最後に入室した方が障子を閉めます。この時の “トン” という音を聞いて、亭主は全員が茶室に入ったことを感じ取ります。

聞き手

音が合図なんですね。

館長

はい。亭主の姿はまだ見えませんが、すでに音や気配でコミュニケーションが始まっています。

聞き手

ここが茶室でしょうか。

館長

緊張感もあると思いますが、まずは、茶室の “気配” を感じてください。気配だけで圧倒させられることもありますよ。床の間の掛軸や、炉の中の釜を順に拝見しながら、これから何が起こるのかなぁと想像していきます。あ、釜の音がいい感じで鳴ってますね。

聞き手

先に菓子が出てきました。

館長

美味しそうですが、すぐに手をつけず、何かしらの合図があるまで少し待ちますよ

聞き手

続いて、亭主が入ってこられました。

館長

本格的なお茶会、茶事の場合は、お酒や懐石料理の最後にお茶が出るのですが、今日は薄茶だけの気軽な会です。元は水屋で作ったものを出していたようですが、お客さんの前でお茶を作ることが “お点前(てまえ)” として確立してきました。何故だろう、と考えると面白いですよね。

聞き手

いよいよお点前が始まります。

館長

まず、お点前を見て楽しんでください。帛紗(ふくさ)を使い、改めてお客さんの目の前で道具を清めていきます。蹲のシーンでも言いましたが、こうして何度も清めるんです。

聞き手

「どうぞお菓子を」と、亭主から声かけがありました。

館長

器に左手を添えて、手前から順番に取り、次の方の手が届くところまで菓子器を送ってください。この時、器の底を畳に擦らないように気をつけて。そっと持ち上げ、ほどよいところに置き直します。

聞き手

懐紙と楊枝を使って菓子を食べるのも、慣れないと大変です。

館長

そうですね。3口ぐらいで食べてしまえるといいですね。多くの場合は、お茶がくるのを待たずに、さっと食べ切ってしまいます。

聞き手

普段正座をしない方も増えました。苦手な方は、どうすればスマートに振る舞えるでしょう。

館長

無理をしないことが一番です。痺れて立てなくなったら、周りにも迷惑をかけてしまうことになりますからね。男性はあぐらをかく方もいらっしゃいます。女性も、ひと声かけて足を崩してもいいですが、声をかけるのもまた緊張しますよね。正座のコツとしては、お尻の下で左右の足の親指を上下組み替えたり、お辞儀などの動作に合わせて、時々腰を浮かせるくらいでしょうか。

聞き手

ハプニングが起きた時は……。

館長

あたたかい目で見守るしかないですね(笑)。茶碗をひっくり返したりしたら大変なので、慌てないのが一番です。

聞き手

飲み終わった茶碗の、どこを拝見するのでしょうか。

館長

いきなり手に取らず、まずは『こんにちは』とあいさつするような気持ちで全体を眺めて見るといいですね。手に取るときは、あまり畳から上にあげないように。少しかがんで、両肘を膝につけていると安心ですね。この日この時間にこの空間で、このお茶に出会えるのは、一生に一度のかけがえのないことです。亭主が何を思って自分にこの茶碗を選んでくださったのかな、誰が作られたのかな、どういう由来なのかなと想像して、思いを汲み取ります。まさに一期一会、人との出会いと同じですね。

聞き手

そろそろ、おしまいのようです。

館長

湯返しの音、蒸気の感じ、亭主の所作の間合い……。ああ、心地いいなぁと思って過ごしてください。亭主が水差しの蓋を閉めて、お点前を終えます。

聞き手

ここでも、音の合図ですね。

館長

そうですね。実は、もう一服おかわりを要求することもできるんですよ。ただ、はじめての茶会では亭主をいじめないで、心遣いしてくださいね(笑)。

聞き手

使った道具を見せてもらえるのは、うれしいです。

館長

これも “拝見” といいます。物を見るのはとても大事なことです。唯一無二のものに対面すると、そこには気配や手触りがありますよね。一期一会の機会なので、自分の感覚を大切に感じてみてください。

聞き手

なんと、棗(なつめ)の中には抹茶が入ったままですね。

館長

そうなんです。これは本当に注意しなければならないところです。必ずしも中は見なくてもいいんですが、抹茶がすくわれた跡を美しいなあと見たりします。茶杓は、節より下を持つようにすれば安全だと思います

聞き手

亭主は、どのくらい前からしつらえの準備をされるのでしょう。

館長

1ヶ月、2ヶ月前から準備されるのではないでしょうか。お客様のことを思いながら、ひとつひとつ道具を選んでいきます。あるいは、作家さんに道具を作ってもらったり、自分で茶碗を手びねりしたりと、人によっては1年前から準備される場合もありますよ。

聞き手

道具には、銘(名前)がついているのですね。

館長

そうなんです。道具に名前をつけるということは、他の国にはないそうで、面白いなぁと思います。覚えておいて、家に帰ってから調べてもいいですね。回数を重ねると自然と覚えるものなので、聞き取れなかったり、わからなくても、全然気にしなくて構いません。

聞き手

何か感想を言ったほうがいいでしょうか。

館長

質問したいこともあるかもしれませんが、その役割は、まず正客さんに委ねるとよいですね。

聞き手

扇子って、扇ぐためだけのものじゃないんですね。

館長

はい。茶室では扇子を開かないんです。結界をつくるような役割をしてくれます。

聞き手

さて、弘道館を後にして、再び日常の世界に戻っていくわけですね。

館長

非日常の時間があることで、日常がフレッシュになればいいなぁと思います。余韻を楽しみながら、どうぞゆっくりとお帰りください。